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福島地方裁判所相馬支部 昭和29年(ワ)30号 判決 1955年6月14日

原告 田中正

被告 田中フミ(いずれも仮名)

主文

被告は原告に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二九年五月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その他を被告の各負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二九年五月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

原告は、昭和二二年四月二五日被告の娘ミツと妻の氏を称する事実上の婚姻をしたが、実際は被告の婿養子となつたので、その日から被告方にミツと同棲して働いてきた。原告とミツとの間に昭和二三年二月二七日長女春子が出生したので、翌二八日婚姻の届出をした。ミツは、当時小学校の教員であつたが、その後情夫ができ、昭和二四年六月一九日長女春子を連れて無断家出して行方がわからなくなつたが、原告は、そのまゝ被告家に残つて働かされていた。昭和二六年三月ごろ被告は、その内縁の夫である訴外芝勘三とともに、原告に対して訴外角ミサオを後妻に迎えるよう勧めたので、原告は、ミサオと事実上の夫婦となつて被告方に同棲し、原告が主体となつて被告方の家業である農業に従事し、ミサオも被告方の家事農事まで働き、昭和二七年四月中その間に清子が生れた。ところが、被告は、嫁のミサオをいびり始めたので、ミサオは止むなく昭和二八年八月二八日実家に帰つた。原告は、被告や夫の勘三にミサオを復帰させるよう頼んだが、聴きいれないのみではなく、かえつて原告にも出てゆけというので、原告も止むなく、昭和二八年一〇月一日その実家に帰つた。被告は、ミツが情夫と駈落した際、原告から出てゆかれては働き手がなくなつて家計を維持することができなくなるので、原告にそのまま被告方にとどまつて、被告家の田一町歩、畑、山林などの耕作その他一切の労働に従事するよう懇請し、その所有の全財産の三分の一(後に田四反三畝歩とした。)を原告に贈与する旨申し出たので、原告は、これを信じて被告方の田畑一切を耕作し、農閑期には炭焼や土工までしてその収入全部を被告家に貢いだ。それなのに、原告は、被告から前示のとおり不法に追い出されたので、被告に対し、先きに約束した田四反三畝歩の贈与の履行を求めたが、被告はこれに応じない。被告所有不動産の価額は一、四〇〇、〇〇〇円であるから、その三分の一に相当する金額は四六〇、〇〇〇円である。また原告は、昭和二二年四月二五日から昭和二八年九月まで前後六年六月被告方の農業に従事し、炭焼、土工までして賃金を被告に貢いた。当今人を雇えば、住込仕着せをしての一個年の賃金が二五、〇〇〇円ないし三〇、〇〇〇円であることは明らかであり、原告は、一六二、五〇〇円ないし一九五、〇〇〇円の賃金を得られたはずであるから、被告に対しその弁償を求めることができるわけである。さらに原告は、被告の事実上の婿養子として六年六月の間被告方のために働いてきたのに、故なく着のみ着のまゝで被告から追い出されたため、致し方なく手間取りや土工をしてその日を送り、ミサオや清子にも仕送りを続けなければならない。原告が、このようになつたのは、被告の不法な虐待または人倫を無視した人権侵害によるものであるから、被告に対し慰藉料として金一〇〇、〇〇〇円以上を請求し得る。以上三口の合計額は、少くとも七二〇、〇〇〇円になるから、原告は、本訴でそのうち五〇〇、〇〇〇円の支払を求めると述べた。<立証省略>

被告は、原告の請求を棄却する。との判決を求め、原告主張の事実中、原告が昭和二二年四月二五日被告の娘ミツと妻の氏を称する事実上の婚姻をしたこと、原告が、事実上は被告の婿養子となつたもので、それ以来被告方に同棲して働いたこと、娘ミツが失踪したこと、原告が角ミサオと事実上の婚姻をしたこと、原告とミサオ間に清子が生れたこと、ミサオが実家に帰つたこと、その後昭和二八年一〇月一日原告も被告方を出たこと、はこれを認めるが、その余の事実を争う。ミツが出奔したとき、被告は、無理に原告にいとどまつてもらつたものではなく、原告は、一言も身を引くといわなかつたので、気の毒に思つて、そのまゝにおいたものである。ミサオは、被告の方で、原告の嫁は、原告の実家にまかせるといつたので、原告の実家で原告の嫁ときめたもので、別に被告の方で、原告の嫁にと勧めたものではない。ミサオは、とかくわがまゝで、さゝいなことから、たびたび実家に戻り、ついに最後には口答えして出ていつたので、被告方では、ミサオが謝罪して戻るのが当然と考えて、そのまゝに放置しておいたのである。被告には、ミツの妹にあたる二人の娘があるので、妹二人が片づくまで辛抱してもらえば、不動産の三分の一を贈与すると、原告にいつたことはあるが、原告は、全部名義を書きかえてもらわなければならないといい張つて、家出したものである。原告は、右贈与契約当時の条件を守らないで、勝手に実家に帰つたのであるから、被告は、右贈与を取り消すものである。原告は、もともと被告の婿養子で、家族の一員として被告方の農業に従事し、炭焼などをしたもので、雇傭契約による被用者ではないから、六年六月の労働賃金を被告に請求することはできない。またミサオは、勝手に生家に帰つたもので、原告とは別に内縁関係を切らず、居は別々であるが、互に往来しているものである。原告が実家に帰つても、これは被告が婿養子の縁を切つたものではなく、俗にいう「ひまをやつた。」というわけではないから、原告は、依然被告家の一員である。原告は、勝手に生家に帰つたので、被告が原告を虐待したことはなく、人倫を無視した人権侵害というに至つては、誠に無理難題というのほかなく、慰藉料の請求は余りにも早計に失する。以上の次第で、被告は、原告の本訴請求に応ずることはできないと述べた。<立証省略>

理由

原告が、昭和二二年四月二五日被告の女ミツと妻の氏を称する事実上の婚姻をしたこと、原告は、いわゆる被告の事実上の婿養子となつたもので、右婿養子縁組婚姻以来被告方にミツと同棲し、被告方の家業である農業に従事していたこと、娘ミツが出奔したこと、原告が、角ミサオと事実上の婚姻をして、被告方に同棲し、その間に清子が生れたこと、ミサオが、その実家に帰つたこと及び原告も昭和二八年一〇月一日被告方を出たことは、当事者間に争がない。

そこで、原告の請求を順次判断するに、

一、贈与の点について。

被告が、その所有不動産の三分の一を原告に贈与する旨を約したことは、被告の認めるところであるが、被告は、本訴で右贈与を取り消したのであるから、その不履行を原因とする原告の損害賠償の請求は、その基礎を失つたものといわなければならない。というのは、書面によらない贈与は、その履行を終らない以上、何時でも当事者においてこれを取り消すことができるのであり、受贈者が、贈与者の不履行を理由として損害賠償の請求をしたからといつて、贈与者の右取消権に何等の消長を及ぼすものではないと解すべきであるからである。

二、賃料相当額の弁償請求について。

証人田中文夫(第一回)、田中信雄、田中道明、角寅佐武郎の各証言によれば、原告は、昭和二二年四月二五日から昭和二八年九月末日まで、被告方の農耕に従事し、農閑期には炭焼、薪切、土工などをして得た賃金を被告に渡して一意被告方のために働いていたことが認められるが、原告は、前示のとおり被告の事実上の婿養子であり、被告方の家族の一員として右期間その主張のように働いていたものと認めるのが相当であるから、雇傭契約など成立する余地がなく、後日原告と被告との右事実上の婿養子関係に破たんを来たしても、不当利得の問題は生じないものと解するから、原告の賃料相当額の弁償を求める部分も理由がない。

三、慰藉料の請求について。

証人田中文夫(第一回)、田中道明、角寅佐武郎、角ミサオ、原告本人の各供述を総合すると、原告とミツとの間に昭和二三年二月二七日長女春子が生れたが、翌昭和二四年六月ミツは、春子を連れて、情夫とともに行方をくらましたが、被告方ではその農耕に従事させる都合上原告にいとどまつてもらうよう希望し、原告は、昭和二六年旧二月一〇日角ミサオを事実上の妻に迎えて、被告方に同棲し、ともに被告の家族として農業などに従事し、昭和二七年五月九日その間に清子が生れたが、被告夫妻は、とかくミサオにつらくあたつて、同人をいびるようになり、昭和二八年八月正当の理由もないのに、出てゆけとどなつたので、ミサオは、やむなく実家に帰つたこと、原告は、ミサオを復帰させるよう、被告に懇請したが、被告は、「ミサオと一緒になるなら、この家を出てゆけ。」と理不尽なことをいつて、どうしてもミサオを戻すことを承知しなかつたので、原告は、ついにミサオと被告方に同居して事実上の夫婦生活を営むことができなくなるとともに、自然被告等との間も気まずく、いずらくなつて、昭和二八年一〇月一日実家に帰えるの余儀なきに立ちいたつたこと、もともと原告は、被告の事実上の養子であり、相当の不動産を贈与する旨の被告の言を信じて、ミサオと事実上の夫婦となり、その将来の生活の安定を右贈与に期待して、一途に被告方のために働いていたのに、被告が、ミサオをいびり出したことに端を発して、着のみ着のまゝで被告方を出なければならないようになり、被告から贈与を受ける希みはたたれて、将来の生活の基盤を失い、現に、ミサオや清子と同居生活を営む資力もなく、一人肩書住所にいて、他家の農事の手伝などをしていることが認められる。結局、原告は、被告から六年有余働くだけ働かされたあげく、裸で追い出されたと同様な結果となつたわけである。ところで、婚姻の当事者は、何人からも、その円満で平和な同居生活、共同生活を妨げられない一種の権利を有する。原告は、被告が故なくミサオを追い出したため、夫婦同居生活を営むことが困難となつて、前記一種の権利を侵害され、精神上甚大な苦痛を被つたものと推量することができるから、被告は、右苦痛を慰藉すべき義務がある。そして前記諸般の事情をあわせ考えると、原告の請求する慰藉料一〇〇、〇〇〇円は少きに失しても、決して多すぎることはなく、原告のこの請求部分は正当である。

そうすると、原告の本訴請求は、金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが顕著である昭和二九年五月二一日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める限度において正当であるから、これを認容すべきも、その余の部分は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民訴法九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三)

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